通信Vol.217(2022年6月)

田植えも終わって、会社の窓から見える空も夏の空らしくなってきました。気候的にも一年の中で一番財布に優しい(暖房も冷房も必要ない)季節なので、大好きな季節です。

 

今回は、人生を楽に生きるコツについてお話ししたいと思います。

そのコツとはズバリ「人生に起きることは全て自分の責任であると受け止める覚悟を持つこと。」です。仏教では「善因善果 悪因悪果 自因自果」と教えられます。その意味は「良い行為は良い運命をもたらし、悪い行為は悪い運命を引き寄せ、自分の行為が自分の人生を作るのだ」ということです。

先日ある人にそのことをお話ししたら、誰かに酷いことを言われた時にそれも自分のせいと思ったら余計に辛くなりませんか?と質問されました。確かに他人に酷いことを言われたりされたりしたときに、相手のことを憎いと思うことはあるでしょう。でも酷いことを言った相手は、そんなことはすっかり忘れてテレビを見たり、美味しいものを食べて人生を楽しんでいるかもしれないのです。他人のことを憎んだり恨んだりする時間を使っても意味の無いことですし、思い出すことで頭の中で何度もその言葉で傷ついたりします。自分が過去に誰かに酷いことを言ったりやったりしたことや、生き物をいじめたり殺したりした行為が巡りめぐって、自分に返って来たと思えば過去の自分の行為を反省し、これから先の自分の行動も運命も改善されます。他人にとことん仕返しをしても自分の傷ついた気持ちは癒されませんし、自分がやった仕返しの行為が原因で、また自分に悪い運命をもたらす負のスパイラルに突入します。自分が受けている現状は、過去に自分が作った原因によるという認識が大切です。もし相手に原因があるとすれば、周りの人たちが同じような被害を受けているはずですが、周囲の人の受け止め方はそれぞれ違います。それは、同じような状況下でもそれぞれの持っている過去のタネが違うからです。同じ災害に遭遇しても、亡くなる人もあれば怪我一つしない人がいるのを見てもわかると思います。

台風の雨風が酷いときに外を歩いてみてください、あるいは野山を自分の足で歩いてみてください、雨のバカヤロー、風の奴め、なんて大声を出さずに傘をさしたりカッパを着るでしょう。大きな岩や歩きにくい道があったら、そこを避けて歩くでしょう。岩に文句を言ってケンカをしている登山者を見たことがありません。雨も風も岩も石ころもそこにあるんだなーと感じて、避けたり逃げることが必要です。他人のせいで・・・という考え方は、あの岩のせいで自分の思う方向に歩けないとか、あの石ころを踏んだせいで足に怪我をしたじゃないかと岩や石ころを責めているようなものです。

 

自分の人生に起こる全ては、自分に原因があるという考え方は、病気になりにくい生き方でもあります。自分の人生は自分でコントロール出来るという自覚があるからです。あいつのせいで自分は苦しんでいる。あの人のせいで自分は病気になった。あの人のせいで自分の人生は台無しだ。あの人が私を愛してくれないから幸せになれない。といった考え方を持っていると他人の言葉で一喜一憂し、感情がジェットコースターのように上がったり下がったりします。自分が苦しんでいる原因を他人の言動に見出す考え方を持つというのは、自分の人生のハンドルを誰かにゆだねている状態です。そうなると体調も自分ではコントロールできないものだと脳は認識して、自分の望んでいない身体の状態になったりします。

 

自分の人生のハンドルを自分で握るのか、他人にゆだねるのか、決めるのは貴方です。