通信Vol.263(2026年4月)
今回は仕事にも役立つ「質問力」についてお話ししたいと思います。ここでいう質問とは、自分の知らない事を聞く時の質問ではなくて、自分がどう動いたら分からない時の質問です。知らないことを聞くときは「それはどういう意味ですか?」「これは何と読むのですか?」「何があったのですか?」などと単純な聞き方で済みます。
しかし自分がどう動いていいかわからない時に、どんな質問をするのかで貴方の能力(仕事力)が問われます。下に仕事力の高低による仕事&プライベートでの質問の仕方を書いてみました。
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どうでしょう、貴方はどのレベルの質問を繰り出していますか?仕事力の差というのは、いかに相手に気を配れるかにかかってくると思います。上司が部下を育てる目的で「どうすると良いと思いますか?」などと質問することはありますが、部下が上司に質問するときは明らかに自分より業務を把握する範囲が広いわけですから、要点をかいつまんで話したり指示が出しやすいような質問しないと上司の負担が増えてしまいます。
ビジネスにおいてはIQよりEQ(自分や他人の感情を正しく認識・理解し、適切に管理・利用する心の能力)が大切と言われ、EQで仕事力を測ったりします。わかりやすく言うと、上司やお客さんが理解しやすいように情報を整理してお膳立てをするということです。他人のEQを測ることは難しいですが。EQの高い人と仕事をすると自分の能力が高くなったような錯覚を覚えるほど周囲の人に与える影響は大きいです。
変わるか変わらないかは貴方の自由です。どんな生き方をするのかを貴方に強要することは出来ませんが、成長のきっかけになる情報だけは提供していきたいと思います。
通信Vol.262(2026年3月)
前回、自分軸と他人軸ということについてお話ししましたが難しい点はなかったでしょうか。
自分が他人軸で考えているのか自分軸で考えているのかは、どんな時に心がざわつくのか、腹が立つのか、ワクワクするのかを考えると少し見えてきます。前回お話ししたように、心の隔壁を強固に出来たなら他人が何を言っても、どんな状況でも外界の出来事と気持ちを切り離して、ジェットコースターのような激しいアップダウンの気持ちでなくて、メリーゴーランドに乗ったくらい穏やかな気持ちでいられると思います
そのための第一歩として、自分の領域と他人の領域を認識する必要があります。たとえば他人が自分の家や部屋に土足でズカズカと踏み込んできたら「すみません、ここから内側は靴を脱いでもらえますか」と言うと思います。他人に自分の領域に踏み込まれて「ノー」と言えないのは、土足で家の中に入ってきた人を黙ってみている状態です。これで心の健康が保てるはずはないですよね。
自分の領域か他人の領域かが分からないと、自分の領域を冒されているということが分かりにくいかもしれません。自分の領域とは「自分の価値」「価値観」「仕事観」「倫理観」「恋愛観」「こだわり」「ファッションセンス」など自分の意志で決めているものです。他人から「それはおかしい」「こう考えたらどう?」「センス悪い」と言われた時に、その批判的な意見をしっかり受け止めてしまうと、気持ちが落ち込んでしまいます。逆に「すごいですね」「さすがです」と言われて有頂天になってしまう人も他人軸の人です。他人軸と言うのは他人の意見で自分の価値観が上がったり下がったりするということです。他人から褒められても貴方の価値が実際の価値以上に上がるわけでもなく、逆に批判される人生であっても自分の満足のいく人生ならば価値が下がるわけでは無いということです、自分の人生の価値は自分が決めると決断することが自分軸で生きるということです。
たとえば子供が親を喜ばせたいと思うのはごく自然な考えです。しかし親を喜ばせるために良い学校に行く、いい会社に勤めるというのは不健康な匂いがしてきます。「親の喜ぶ顔を見るのが自分の幸せだ」と思っている人の落とし穴は何処にあるのでしょうか。それは親が喜べば自分は幸せ、親が喜ばないことは自分も不幸せという人は、幸不幸のハンドルを親に握られてしまいます。自分で幸せになるためにハンドルを握れないということになります。親が賛成した人と結婚して果たして幸せが約束されているのでしょうか。もちろん人生経験の長い親の目で見てのことだとは思いますが、親も人間ですから間違うことだってあります。
自分軸を構築した人とは誰の意見も取り入れず、我が道を行くような人を想像しがちですが、まるっきり逆です。他人の意見を聞けないのは、自分軸を構築していないので、自分の心がグラつくのが怖いからでしょう。他人の意見を聞きながら、自分の意見も主張でき相手の良い点も取り入れることの出来る、しなやかなで健康的な生き方を手に入れませんか。
通信Vol.261(2026年2月)
今回は自分軸と他人軸ということについてお話ししようと思います。物事を考える時に、他人がどう思うかを中心に考えて行動する人を他人軸で生きる人、自分がどうしたいかを中心に考えて行動する人を自分軸で生きる人と呼びます。他人から「馬鹿じゃないの」「恥ずかしい人」「どうしようもない奴」と見下げられても、自分の基準で自分の価値を見出し「どこ吹く風」と生きられる人は間違いなく自分軸の生き方をしている人です。友達が陰でコソコソ自分の方を見てクスクス笑っていたら落ち込んだり眠れなくなったり、会社の上司に仕事上のことで指摘を受けたりしただけで自分は仕事ができない人だと落ち込んだり、近所の人に挨拶をして返ってこなかっただけで気分が落ち込む人は他人軸で生きている人です。自分の心の中と外界の客観的事実の境界が脆弱(ぜいじゃく)で影響を受けやすい人は他人軸で生きている人と言えます。

外的要因に鈍感になれと言っているのではないので注意していただきたいのです。他人の気持ちや空気を読むセンスはとても大切ですが、それによって自己のアイデンティティーが揺るがないように自分自身を客観的にみることが必要です。自分に起こった事象を客観的に見る能力を高めることを「抽象度を上げる」と言いますが、「抽象度が高い人」は他人から自分の言動を注意されても腹を立てずに自分の誤りを正すことが出来ます。正すべき行動は正せばいいし、指摘が間違っていれば受け入れる必要はありません。「その指摘は間違っている」と反論すれば良いのです。非難、注意、指摘を受けたときに感情が先に動いて腹が立って聴けないのは、他人軸の人の特徴です。
私は目に見える世界を感じる心(客観)と自分を見つめる心(主観)の間の壁を心の隔壁と呼んでいますが、心の隔壁が強ければ強いほど柔軟に他人の意見を聞けます。逆じゃないかと思われるかもしれませんが、外的要因で自分のアイデンティティーが揺らぐ状態だと怖くて自分を変えられません。ではどうしたら心の隔壁を強くできるのかという話を次回に述べたいと思います。
通信Vol.260(2026年1月)
今年の正月は雪が少なくてホッとしました。夜中にしんしんと雪が降ってくると次の日の朝の除雪が気になって、夜もゆっくり眠れません。ほんとは機械での除雪が大好きで、朝の除雪のことを考えただけでワクワクして眠れないんですけどね(笑)
今回は僕が子育てや社員教育で一貫して守ってきた信念についてお話ししたいと思います。子育てのステージによっては社員教育と真反対の方法をとったりしますが、小学生以降の子育てについてはほぼ同じ考え方で社員教育にも取り組んでいます。
基本的には「尊敬」「信頼」「援助」の3本柱です。相手が子供でも基本的には「尊敬」から入ります。リスペクトともいわれますが、相手のことを自分より優れていると思えないことには、相手のことをリスペクト出来ません。かつてNHKの人気番組であった「できるかな」の「のっぽさん」は自分が子供の頃から父親は自分のことを尊敬してくれていたと言っています。子供の時だけでなく生涯自分を尊敬してくれていた父親のことを心から敬愛し、父親の傍にいるとどんな時でも安心できたと言っています。それだけ尊敬という思いは相手に深く突き刺さりますし、言葉で「尊敬します」と言っても心の中で見下していたら相手が子供でも必ず伝わります。知識や経験の量で言えば5歳児は大人にかないません、しかし情報の収集能力や成長スピードでいえば圧倒的に5歳児の勝ちです。それだけでも尊敬の対象になります。
2つ目には「信頼」です。よく似た言葉に「信用」という言葉があります。「信用」は条件付きで相手を信じる行為です。例えば銀行でお金を借りる時は仕事の有無、年収、担保などを調査してお金を貸します。それと同じように、約束を守ってくれたら信用する、〇〇が出来たら信じるとか、恋人同士ならメールやLINEを返してくれたら信じる、「好き」と言ってくれたら自分も愛するなど、相手の反応で自分の行動を決める行為は信用です。それに対して「信頼」とは無条件で信ずるということです。成功しようが失敗しようが相手の成長になると信じる、子供が反抗しても口をきかなくても、正しい成長過程と信じる。相手の選択が自分と異なっても、成功・失敗を含めて相手を容認する等、厳密に無条件というのは難しいかもしれませんが、清濁併せ呑む覚悟で信じるということが「信頼」ということです。
最後に「援助」とは相手が援助を求めてきた時には援助の手を差し伸べるということです。友人に家庭や職場の愚痴を伝えたときに「〇〇した方がいいよ」とか、求めてもいない助言をされて「イラッ」としたことはありませんか?助言をしたくなる心理というのは、自分の判断の方が相手の判断よりも優れているというという前提で出てくるものです。自分よりも知識も経験も優れている人に助言をする人がいたら、自分のことが分かっていないか、超自信家だと思われます。相手が「これについてどう思いますか?」と聞かれれば「自分はこう思う」と伝えますし、このまま放置したら相手が恥をかく場合や、会社の信用問題にかかわる場合には助言したりしますが、その他は助言や援助をしない方がよい場合が殆どです。援助が相手の為になるのか逆に成長を妨げるものなのかを考えて行動するのはとても難しいです。でも援助の手を差し伸べる前に一旦立ち止まって考える必要があります。
「尊敬」「信頼」「援助」の3本柱は、相手が失敗も含めて成長していく素晴らしい存在だという思いに基づいたもので、相手が成長していく存在だと信ずることによって生まれます。
通信Vol.259(2025年12月)
今回は皆さんに習い事の勧めについてお話ししたいと思います。最近あった同級生の集まりの忘年会で友人が「最近小唄を習い始めた。」と言っていました。始めたきっかけが、ある大先輩から日本の伝統文化を一つくらい身に着けた方がいいと勧められたからだとか。私も平成26年から詩吟を習い始めて11年経ちました。私の場合も日本人として一つくらいは伝統文化を身に着けたいという気持ちと、ある人が「年齢を重ねてくると自分を叱ってくれる人がいなくなって、傲慢になりがちだから何か習い事をして、他人から教えを乞うということをした方が良い」と言っているのを聞いてそんなものかと思ったからです。
確かに周りを見渡すと自分に注意をしたり叱ってくれる大人は殆どいません。もしいたとしても「老害だ」なんて決めつけて、聞く耳を持たなくなってきています。そのくせ若い人には何かにつけて注意したくなる、典型的な老害の自分の姿がありました。しかし、詩吟の教室に行っているときは、先生から褒められることもありますが、節回しが違うとか、音程がとか、色々指摘を受けます。それについていちいち腹を立てるなんてことはしません、教えられたように発声や節回しを直していきます。それが上達するということです。教えのとおりに直さなかったら上達しません。
以前、テレビ番組でスポーツマンタレントの武井壮(陸上十種競技元日本チャンピオン)がこんなことを言っていました。「運動神経の良い人とは、自分の足先や手の先まで神経が行き届いて1ミリ右手を上げようとか左足を出すタイミングをコンマ1秒早くしようと思ってそれが実行できる人だ。」つまり脳の指令通りに身体が動かせる人ということが運動神経の良い人の定義ということです。
習い事や運動についてはわかりますが、ビジネスに置き換えるとどうでしょう。先輩や上司から間違いを指摘された時に、それでも自分のやり方を貫いて指摘を無視するということはありませんか?文化芸能の世界で言ったら先生の指導を無視したり反論したりして我流を押し通すということになりますし、スポーツの世界で言ったらコーチの助言に反論して自分のやりたいようにやるということです。習い事やスポーツの世界なら「なぜ貴方はここに習いに来ているの?」と言われるような行いを何故か普段の生活や仕事の場面ではよく見かけます。仕事が出来る人=運動神経の良い人とするなら、指摘を受けたらすぐに動きを変えられる人が運動ならば運動神経の良い人、仕事ならば仕事の出来る人といえます。何回か指摘されて反論を繰り返していると、おそらく叱られる回数が極端に減ると思います。それは奇跡的に上達しているか見放されているかのどちらかです。
自分を律するというのは大変難しいことです。人は感情に翻弄される生き物だから、指摘や指導に対して感情で反応してしまうことがあっても、それは普通のことです。感情を無視して自分の行動を認知することが出来る人は殆どいません。だからこそ自分を律する場を持つことが大切なのです。習い事は主従関係がはっきりしているので、そういう環境に身を置くことで、自分をトレーニングするのです。貴方は自分を律する環境を持っていますか?
通信Vol.258(2025年11月)
今回は、自分の周りに起きている出来事を整理して、イライラしたり腹を立てない方法を考えてみたいと思います。
まず初めに心理学者のアルフレッド=アドラーの提唱する「課題の分離」ということについて考えてみましょう。課題の分離というのは、問題が起きた時の当事者が誰なのかを考えて、自分の解決しうる課題ではないとなった場合に問題から遠ざかったり、考えるのを止めるということです。私たちの身の回りに起きている問題を書き出してみると、意外にも自分とは関係ないことで気を揉んでいることが多いのに驚きます。例えば身近なあの人がご機嫌斜めなのは、貴方には全く関係ありません。貴方に挨拶をしないあの人も関係ない問題です。同僚が仕事をサボっているのも関係ありません。相手が人間だとどうにか出来ると思うのかもしれませんが、動物園で怒って糞を投げつけているゴリラを見たら殆どの人が糞を浴びないように遠くへ逃げるのではないでしょうか。人間でも機嫌の悪い人がいたら、糞を投げつけているゴリラだと思って遠くへ逃げるのが得策です。
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自分の課題 |
他者の課題 |
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・自分が他者からどう見られるか ・勉強しない子供にどう接するか
・部下の生産性や売上げを上げるために、どんなアプローチをするか ・機嫌がコロコロかわる上司にどう接するか(または、どうかわすか) ・同僚のあの人より、生産性の良い仕事をしよう、自分の納得のいく仕事をしよう ・挨拶は相手も目を見て、自分が気持ちよくなる挨拶をしよう(相手の態度に関係なく) ・あの人にどうやって礼儀の大切さを教えたらいいだろうか |
・他者が自分のことをどう思っているか ・勉強しない子供がどうしたら勉強するようになるか ・売上げや生産性を気にしない部下に腹が立つ ・機嫌がころころ変わる上司を何とかしたい
・同僚のあの人は仕事の能率が悪いのに、よくサボっている ・あの人は自分が挨拶をしても、目も合わせないし、挨拶をしないこともある ・あの人は礼儀を知らない人で人を不快にさせる |
こうやって書き出してみるとわかりますが、自分の課題について悩むことは有意義ですが、他者の課題についてどれだけ悩んでもどうすることも出来ませんし、悩む時間が無駄です。でも多くの人が多くの場合において、他者の課題でヤキモキして悩んでいます。むしろ他者の課題を一生懸命解決しようとして、自分の課題についてすっかり忘れてしまっている人が多いのではないでしょうか
「過去と他人は変えられないが未来と自分は変えられる」と言ったのはカナダの精神科医エリック・バーン氏です。自分の悩んでいる問題を一度整理してみませんか?意外と何でこんなことで悩んでいたのかと思えるかもしれませんよ。
通信Vol.257(2025年10月)
今回は、「貴方の頭の中から消し去りたい、嫌な人の記憶を消す」というテーマでお話ししたいとおもいます。誰でも「嫌いな人」と聞いて頭に思い浮かべる人がいると思います。「嫌味を言われたあの人」「いつもネチネチいじめるあの人」「怒鳴ってきたあの人」思い出すだけで「イラッ」としたり「ムカッ」としたりする人が誰にでもあると思います。私たちの脳は覚えることより忘れることの方が苦手です。最近楽しかったことを5つ挙げるよりも、腹が立ったことを5つ挙げる方が簡単ではないでしょうか。これは私たちの脳の仕組みが生命を守ることを最優先としているからです。「嫌な記憶=自分の命を脅かすもの」として強く脳の偏桃体に記憶するからです。プライベートな出来事の記憶よりも職場での記憶が残りやすいのも、仕事という事柄が自分の生活の基盤に直結しているからです。不快な記憶=生命を脅かす記憶として長く留まる傾向があります。太古の地球であれば、人間を襲う動物や整備されていない道など命を落とす危険を記憶にとどめることに重要な意味があったといえますが、現代で自分の生命を脅かす存在というのは殆ど無いかもしれません。ですから、重要でない記憶はむしろ忘れた方が健康的に生きられるでしょう。
貴方が経験した事実は確かに実際にあった出来事だと思いますが、今この瞬間目の前に嫌いな相手がいて、貴方を苦しめ続けている現在進行形でないならば、貴方の記憶の中で貴方が作ったビデオ動画がリピート再生されていて、脳内ビデオの主人公が貴方を苦しめている元凶です。つまり貴方が嫌な相手も被害を受けている自分も自作自演なのです。嫌な記憶は苦しみの引き金になるから忘れたいと誰でも思うでしょう。でも忘れようとすればするほど、忘れられなくなるのが嫌な記憶なのです。心理学者のダニエル・ウェグナーが行った有名な「シロクマ実験」と言われるものがあります。被験者に「白熊のことを考えないように」と指示を出し、後でどれだけ白熊のことについて思考していたかを調べると、何も指示されなかったグループより「考えるな」と指示されたグループの方がより長く白熊について思考していたというものです。
つまり私たちは、嫌な出来事を忘れようと意識すればするほど、記憶が強固なものになっていくということです。ではどうすれば嫌いなあの人を脳内から消せるのでしょうか?色々な手法が公開されていますが今回紹介するワークは難しいワークではありません。一番やってはいけないのは、誰かに何度も愚痴ることや忘れようとすることです。場景を思い出してムカムカした気分を思い出すと、記憶を呼び覚まして記憶をより強固なものにしてしまうからです。
では20分ほどの動画ですが、ご覧ください。

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【動画】ネガティブ感情を一瞬で消す方法/ 怒り・悲しみをリセットする実践ワーク/記憶を書き換える脳内操作とは |
出典:YouTube「Mindset Coaching Academy」より
