通信Vol.45(2008年2月)

 今年は雪が少なくてありがたいと思っていたら、土木関係の方は雪が少ないと除雪の仕事が少なくて大変らしいです。自分のことだけで喜んでいちゃいけませんね、反省反省。

 皆さんは物の値段の高い安いを何を基準に判断しますか?人によって物やサービスの適正価格って違うんようですね。例えばバッグのブランドに興味がある人は、バッグを買うために貯金をして何万円もする高級ブランドバッグを買いますが、興味の無い人にとっては理解できません。車の好きな人は高級外車を買ったり何百万円もかけて改造したりしますが、興味の無い人にはしょうも無い道楽にしか見えません。一流ホテルで極上のサービスや雰囲気を味わいたい人は一泊何万円もする宿泊料を払いますが、興味の無い人は安いビジネスホテルで満足です。

 喜んでお金を使おう(値段が安い)と思った時は気持ちよくお金を払えて良いのですが、お金を払いたくない(値段が高い)と思ってお金を使っていることがあれば、その使い方は間違っているかもしれません。自分が欲しいと思って品物やサービスを手に入れるのだから喜んでいいはずなのに、高いと思って買っていれば、わざわざお金を出して苦痛を手に入れることになるからです。自分は欲求を満たして喜んでお金を使い、お店の従業員もお金を頂いて喜べるのが正しい使い方ではないでしょうか。
物の適正価格が売り手と買い手で食い違った時、私達はよく「値切る」という行動に出ます。売り手もそれを承知で値切り幅を上乗せしている場合も多いので、一度や二度の交渉は売り手も予想範囲内でしょうが、あまりにしつこい値引き交渉は売る側にも不快感を与えます。売り手も買い手も喜べない買い物と言えそうです。

以前にも紹介しましたが商売繁盛、幸せな生き方のヒントとして、「自利利他」という仏教の教えがあります。「他人の幸せ」=「自分の幸せ」ということですが、商売繁盛に限らず個人の幸せをつかむためにも自利利他の考え方は必要です。

ホテル・ニューオータニの創業者、大谷米太郎氏は裸一貫から事業を起こして、天下のホテル王になった人ですが、商売の秘訣について尋ねると「秘訣なんていうものはありません。強いてあげるなら、私は丸い風呂桶に入ってお湯を向こうへ押しやっただけですよ」と答えたといいます。
  普通、私達は、温かいお湯が欲しいと自分の方へかき寄せようとします。しかし、丸い風呂桶の中で自分の方にお湯をかき寄せようとすると、お湯は脇の間から向こうへ逃げて行ってしまいます。しかし、お湯を向こうへ押しやるとお湯はぐるりと回って自分の方にかえってきます。
 「お湯」を違うものと置き換えるとどうでしょうか?相手が喜ぶように仕向けると自分が喜べるようになる。相手が儲かるようにしてあげると自分が後々得をする。とはいえないでしょうか。
逆に相手を困らせた結果、不当に安く物を買うことが出来たりサービスを受けられたりすると、その時は得した気分でも後に別の形で損をする可能性があるということでしょう。

そういった意味からも物(サービス)の価値を正確に感じとることは大切です。機械で大量生産した物より一品一品手作業で手間をかけて作った物のほうが高くて当然ですし、真心のこもったサービスはマニュアル通りのそれとは比較になりません。物事の価値を正確に感じて、その対価としてお金を払おうと思う心が、他人の気持ちを汲みとることにつながり、心も生活も豊かにするのではないでしょうか。