通信Vol.55(2008年12月)

 世の中が便利になると自分が幸せになれる、と固く信じていませんか?
 私もそんな考えを持っていた一人ですが、先日ある方の話を聞いて考えさせられました。今回はそのお話をしたいと思います。

 沖縄県西表島(いりおもてじま)出身の三線(沖縄の民族楽器)歌手、池田卓さんの故郷は、西表島船浮(ふなうき)という、人口42人の小さな集落です。西表島の中でも辺鄙な地域で、船以外に行き来する術がなく、幹線道路もない不便な地域です。小学校はありますが、児童よりも先生の数の方が多いそうです。(笑)
そんな不便な地域ですから、食材の買い物も大変です。もちろんスーパーなどありませんから連絡船で買い物に行くか、もしくは、電話で注文して届けてもらわなければなりません。一番近いスーパーに電話をして「ニンジン一本、船浮の○○まで届けてください」と注文すると、スーパーの店員さんは、バスの運転手さんに「船浮の○○さんに届けて」とお願いします。バスの運転手さんは、連絡船の船長さんに「船浮の○○さんに届けて」とお願いします。船長さんは船浮港に着くと子供たちに「○○さんに届けて」とお願いします。こうして何人もの手間を経由してニンジンが届けられます。

比べて、私たちの生活はどうでしょうか。欲しいものはショッピングセンターに行けばたいがい手に入ります。夜遅くてもコンビニエンスストアに行けば、色んな物が売ってあります。人と会わなくてもインターネットで何でも買える時代。「欲しい物はお金が解決してくれる。」と言った人がありましたが、私たちの幸せもお金で買えるモノでしょうか?
船浮に暮らす人たちと比べて明らかに便利な生活を送っている私達。でもどちらが幸せなのでしょう。

戦後日本は急速な経済成長を経て、世界有数の経済大国になりました。日本は資源が無い国だと思われていますが、家電製品、工業製品として日本国内には、金が世界埋蔵量の16%、銀は22%、インジウムなどのレアメタルは61%が存在すると言われています。いわゆる都市鉱山です。日本で作られる航空宇宙部品が、毎日世界の空を飛びまわり、日本産の自動車が世界のどこの国でも走っています。日本経済が世界の大部分を支えていると言っても過言ではありません。
モノにあふれ情報にあふれた今日の世の中と、戦後の、モノも情報も無い世の中とどちらが幸せだったのでしょう。

 船浮では人と人の間で言葉が行き交い、笑顔や思いやりといった人間味あふれるコミュニケーションが主流となっています。戦後の日本では隣家に食糧を貸したり借りたり、近所の家でご飯を御馳走になったりしたと聞きます。

 文明の発達と共に、私たちは大切なモノを忘れてきたのでは無いでしょうか。大切な人とのコミュニケーションにメールを多用し、心を置き去りにしてはいないでしょうか。携帯が無い頃は、相手を思って心を掛けて巡らせていたのが、携帯電話を持ったとたん「どうしてメールくれないの?」「いま何処にいるの?」「今すぐ来てよ」と自分の思い通りに、相手を動かすリモコンのように勘違いしてしまいます。文明が人間を自己中心的に変えてしまったのでしょうか?
 
 便利さの中で忘れてしまったものを、私たちが今一度考えなおす時期に来ているのかも知れません。世界経済の混乱は心を忘れた人類に対する警鐘とも思えてきます。池田卓さんの103歳になるおばあちゃんの言葉が心に響きます「無いものねだりをするよりも、今あることに感謝しなさい」と。