通信Vol.136(2015年9月)

 先月の猛暑の日々がウソのようにすっかり秋の空気に包まれています。
 岐阜県は台風の被害が少ない県ですが、テレビのニュースでは毎月のように台風や豪雨の被害の様子が報道されました。天災は忘れたころにやってくると言われます。飛騨地方に甚大な被害をもたらした平成16年の台風23号の記憶も薄れてきましたが、今一度思い出して最大限の準備をしておきたいものです。
 今回は、「心の風景」と題して、毎日私たちが見ている世界について考えてみたいと思います。同じ屋根の下に暮らし、毎日同じ生活をしていても人それぞれ感じている世界は違います。
 食事に入ったレストランで店員にクレームをつけて怒鳴っている客を見ると、防弾チョッキを着てヘルメットを被り、マシンガンで相手に銃口を突き付け、自分に従わせようとする兵士の姿に見えてきます。
 他人の発言や振る舞いに腹を立てたり、他人の言動が気になって仕方がない人を見ると、双眼鏡で他人の行動を観察している探偵のように見えてきます。
 他人に何を言われたかばかり気にしている人を見ると、壁の向こうの会話に集音マイクで聞き耳を立てている人に見えてきます。
 他人にとらわれず、自分のライフワークや趣味を楽しんでいる人をみると、短パンにアロハシャツ、ビーチサンダルでポッケに手を突っ込んで、口笛を吹きながら散歩している人に見えてきます。
 現代の日本は平和な世の中ですが、同じ空間の中で暮らしていながらマシンガンを片手に、常に誰かに撃たれるんじゃないかと戦々恐々として他人を威圧している人もいれば、その横ではアロハに短パンでアイスクリームを食べている人もいる、そうかと思えば他人の動向ばかり気にしている挙動不審な人や、他人の話に聞き耳を立てて、自分の周りにある小鳥のさえずりや小川の流れる音が聞こえない人もいます。
人の中で生きているからこその苦しみもあるでしょう、でも無人島に一人でいたとしたらどうでしょう?その方が苦しいかもしれませんね。
自分の人生を楽しめるかどうかは、他人の言動がどうあるか?ではなくて他人の言動を見た自分がどう感じるか?が鍵です。同じ人を見ても自分を撃とうとする兵士と見るか、すこし気難しい通りすがりのおじさんと見るかで、心模様は大分違ってきます。自分が撃たれると思えば臨戦態勢になるでしょうし、通りすがりのおじさんと見ればスルーできるでしょう。
 他人の言動が自分を振り回していると感じる人もありますが、振り回されない生き方を選ぶことも出来るのです。相手の言動で自分の感情がかき乱されないようにするには、自分の感情のクセをつかむ客観性や訓練が必要です。感情がコントロール出来れば、戦場をアロハと短パンで歩きながら、飛んでくる弾丸を映画「マトリックス」主人公のようにひらりひらりと避ける芸当も出来るのです。