通信Vol.65(2009年10月)

 高山祭りも終わり、紅葉もすぐそこまで降りてきているようです。我が家ではすでに、ファンヒーターとコタツが活躍しています(笑)

 巷ではインフルエンザだ、台風だ、と不安を煽り立てる報道がされていますが、自分も含めて人間という生き物は、情報で動かされる生き物だとつくづく感じました。

皆さんは、テレビの報道を聞いて「本当かいな?」と疑うことはありませんか?今まで不確実な情報の犠牲で、冤罪に問われたり、プライバシーが侵害された方が何人もありました。報道や口コミとは両刃の刃で、上手に使えば便利ですが、一つ間違うと人生を狂わせるほど恐ろしいものです。

今回は情報を上手に使う、ということについてお話ししたいと思います。現代社会は、私が子供の頃(30数年前?)から比べると情報量は何千倍、何万倍と成長して、インターネットを開けば、知りたいことの殆どは調べられます。子供たちも親に聞くより、ネットに聞けとばかりに、何でも調べてどんどん物知りになっています。しかし、情報だけ頭に入れてモノを知っているということと、経験を踏まえて知っているというのでは雲泥の差があります。
例えば、民主党が野党だった頃、民主党の政治家達は、これはダメだ、こうした方が良い政治が出来ると言っていましたが、机上の理論と実際に政権を取って日本国の舵を取っていく実体験では、大分違う思いをされていくことになると思います。

 インフルエンザが流行すれば死者何万人とか、台風で被害予測などが出ていても、インフルエンザのウィルスが厚労省の予測通りに人を死に至らしめたり、台風がテレビを見て予測通りに進むわけではありません。情報を元に如何に行動すべきかを決めるのは自分です。肝心なのは情報をあくまで判断材料と認識することです。事実はどうなのか自分自身で検証し、判断する脳力を養うことです。

 1980年に富士山の登山道で落石があり12名が亡くなった事故がありました。同じ場所にいて落石事故から生還した家族の話を、テレビで見た記憶があります。ほとんどの登山客が「落石だ!」という声を聞いてパニックになり、岩の陰に隠れたり、うずくまったりしたそうです。そうした人の多くが落石に遭い亡くなりました。では生還した家族が取った行動とは?主人を先頭に縦一列になり、落石の落ちてくる方を見極めながら反復横跳びのように右に左に移動しながら落石を避けたそうです。まさか落石が起きた時にはこうしなさいというマニュアルがあるとは思えず(おそらくマニュアルがあったとしても、落石を見ながら避けて動き回れとは書いてないと思います)、とっさの判断でとった行動で家族全員生還出来たのですから、大した判断力だと思います。

 人間が本来持っている判断力を鈍らせるアイテムが巷には氾濫しています。たとえばカーナビゲーションシステム。車を運転する時、道に迷わないようにガイドしてくれる便利なものですが、かえって遠回りになることもしばしばあります。
僕もカーナビをたまに使いますが、ピンポイントで住所や店を探す場合を除いて、ほとんど使いません。あらかじめ地図を頭にインプットしておいて太陽や月の位置、地形、標識、を見て走るようにしています。それは自分の本来持っている生物としての勘を鈍らせないためでもあります。

 情報に振り回される生活でなく、情報を一つの判断材料として自己責任で生きるようにすれば「○○のせいで・・・」という思いもしないですむのでは??